地域の伝統食に一手間加えて、新しい商品価値を生み出す。

もどってみらんけ?かごしまに!
今回は、鹿児島県阿久根市で水産加工業を営む「株式会社下園薩男商店」をご紹介します。
ウルメイワシの丸干し事業を中心に、多彩な事業アプローチが注目を集める同社の代表下園社長にお話を聞かせていただきました。

阿久根市は、鹿児島県の北西部に位置する人口約2万人ほどの街です。
東シナ海に面するこの街は、古くから水産業が盛んで、特に阿久根沖では年間2000トンのウルメイワシが水揚げされる国内有数の産地となっています。

株式会社下園薩男商店
代表取締役社長 下園 正博
【プロフィール】
高校卒業後は、大学進学で福岡へ。その後、東京で就職し、IT企業のWebディレクター、水産関連商社の営業職を経験。2010年に家業を継ぐためにUターン。社内改革、新商品開発、新事業展開をリードし、2019年に代表取締役社長に就任。
《今あるコトに一手間加え、それを誇り楽しみ、人生を豊かにする。》という企業理念を体現する事業・組織経営の舵を取る。プライベートでは、料理、アウトドアなど多趣味。最近は、木工にハマり中。

北薩摩エリアの伝統的な食材を守り続けたい。干物離れという現実に立ち向かう決意。

はじめまして、代表の下園です。私たち「下園薩男商店」の創業は昭和14年(1939年)。以来80年以上にわたって、地元阿久根でこのウルメイワシの丸干し製造を中心とする水産加工業を営んでいます。
水揚げされたウルメイワシを北さつま漁協で買い付け、自社工場で乾燥や加工処理をほどこしてつくる丸干しは、いわゆる干物と呼ばれる食材。日本の伝統食の1つですが、現代の食生活の中では干物離れが進み、その存在感は薄れつつあります。

特に、若い人は「知らない、食べたことがない」という方も多く、このままでは丸干し事業は衰退の一途をたどることに…。
事業を縮小して、別事業への転換を図るという選択肢もあるでしょうが、私は「北薩摩エリアの歴史と文化の中で育まれ、受け継がれてきた伝統的な食材である丸干しを残したい!」と考え、干物離れという現実をなんとか打開するために立ち向かうことを決めました。

新商品「旅する丸干し」の開発、「イワシビル」のオープン…丸干しの魅力を広く伝え、ファンを増やすための多彩な事業アプローチ。

若い人たちにも丸干しの魅力を知ってもらい、商品のファンになってもらうためには、どうしたらいいだろうか?
そこで新商品として開発したのが、「旅する丸干し」。世界の国々をイメージした洋風の味付けで提供する丸干しのオイル漬けです。
丸干しに一手間加えて新しい商品価値を生み出したこの商品は、2013年に販売を開始。大きな反響をいただき、「かごしま新特産品コンクールの県知事賞」「農林水産祭の天皇杯」を受賞しました。
続く2017年には、1Fにカフェ・セレクトショップ、2Fに見学もできる製造工場、3Fに宿泊施設のホステルを同居させた「イワシビル」をオープン。
訪れてくださるお客様に丸干しの魅力を見て、聞いて、食べて、知ってもらうための情報発信拠点の役割を担い、また阿久根の観光振興にも貢献する新スポットとしても話題になったこの取り組みも、オープン当初から注目を集め、2021年度ふるさと名品オブ・ザ・イヤー「地方創生大賞(コト部門)」受賞という評価をいただきました。
その後も、子供のおやつ用「はらぺこイワシ」の商品開発、清涼飲料水OEM事業への参入、ジビエブランドの立ち上げ、2022年には南薩エリアの枕崎で解体撤去の危機に直面していた築100年の貴重な建物である郵便局を自社で購入してリノベーション。カフェと瓶詰ピクルスを製造・販売する「山猫瓶詰研究所」としてオープンするなど、数々の事業チャレンジを続けています。

いずれの展開も単なる話題作りではありません。私を突き動かしたのは、『今あるコトに一手間加え、それを誇り楽しみ、人生を豊かにする。』という企業理念であり、『地域らしさを残すことこそが、その地域で暮らし、働く人のアイデンティティを守り、生きがいにつながる。』という想いでした。
もちろん、事業化にあたっては、事前にビジネスとしての精緻な収益シミュレーションを行うことも欠かしません。

少しずつですが、着実に、取り組みは成果へと結実。次なる新展開も構想中!イワシの丸干しを基軸とした事業チャレンジは続く。

現在も当社事業の6~7割は、スーパーをはじめとする小売各店向けに卸販売を行うイワシの丸干し事業が占めていますが、「旅する丸干し」の反響をきっかけに、大手小売企業の本部から直接商品の引き合いをいただき取引を拡大するなど、嬉しい相乗効果も生まれています。「イワシビル」の業績も最新データで過去最高を記録!
オープン間もない「山猫瓶詰研究所」を軌道に乗せるのはこれからですが、取り組みは着実に実を結んでいることを実感しています。併せて、好調なのが輸出事業。海外の現地食品商社との直接取引で水産加工品用の原材料(魚の卵や身)を台湾やベトナムに輸出しており、今なお注文が殺到中。既に事業シェアの2割を占める勢いで伸び続けています。
最近では、EU圏のイタリアからも問い合わせを受け、商談に向けて準備中!当社は、新しい商品価値の提供によって、事業の裾野を広げ、ファンを増やしつつあります。
おかげさまで、想いを共有できる仲間たちとの出会いにも恵まれてきました。
人材育成においては、短所を直すのではなく、長所を伸ばすことを重視するのが私の考え方。従業員一人ひとりが自分の得意や好きを活かして、力を発揮し、チャレンジできる。会社の中での自分の存在価値を実感し、働きがいや生きがいを得られる。そんな場を提供できる会社でありたいと思っています。

実は、次なる新展開も構想中です。
今、阿久根漁協関係者をも驚かせているのが、数十年ぶりと言われるマイワシの豊漁。この好機を活かして、鹿児島市内に新鮮で安くて美味しい「イワシの定食屋」を出店してはどうだろう?と考えています。また輸出事業でご縁をいただいた台湾に、イワシビルをモデルとした事業拠点やお店をつくる海外出店も検討中。
イワシの丸干しを事業の基軸とした私たちのチャレンジはこれからも続きます。

阿久根には、新しいヒト・モノ・コトを受け入れる大らかな風土があります。

最後にちょっとだけ、阿久根の話を。
皆さん、阿久根は、薩摩藩・島津家の密貿易港だったという歴史を持つことをご存知でしょうか。貿易港として栄えた街は、様々な人や物が行き交い、活気に溢れていたことでしょう。そんな歴史も影響しているかもしれません。阿久根の人は、外から入ってくるヒト・モノ・コトを自然と受け入れる人が多いです。例えば、観光で訪れる人も、阿久根を気に入って移住してくる人も、Uターンで戻ってくる人も、分け隔てることなく接してくれる。大らかで親しみやすい風土も、阿久根の魅力の1つだと思います。
ちなみに、密貿易港だった歴史に興味のある方は、市立図書館内の郷土資料館や市民交流センター風テラスあくねを、ぜひ訪れてみてください。発見されたポルトガルの大砲なども展示されていますよ。